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神戸地方裁判所洲本支部 昭和35年(ワ)88号 判決

判   決

原告

宗教法人鶏足寺

右代表者役員

皆川隆光

右訴訟代理人弁護士

木野政治

池谷四郎

被告厚生大臣

西村英一

右指定代理人

家弓吉己

佐藤恵三

為藤隆弘

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨及び原因として別紙訴状のとおり陳述し、なお原告主張の慣習の存在について別紙書面(一)のとおり陳述した。

被告指定代理人は答弁として別紙答弁書のとおり陳述し、本件通達を出すに至つた経緯として別紙書面(二)のとおり陳述し墓地理葬に関する法令、回答通達等が原告主張のとおりであることは認めると述べた。

証拠≪省略≫

〔訴  状〕

請求の趣旨

被告は昭和三十五年三年八日付衛環発第八号厚生省公衆衛生局環境衛生部長発各都道府県衛生主管部(局)長宛「墓地埋葬等に関する法律第十三条の解釈について」の通達中「宗教団体の経営する墓地についてその管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むことは別添昭和三十五年二月十五日の法制局一発第一号法制局第一部長から厚生省公衆衛生局宛になされた回答を援用して依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは「正当の理由」とは認められないであろう」という趣旨はこれを取消せ

訴訟費用は被告の負担とする。

との御判決を求める

請求の原因

第一  原告寺院の性質

(一)  原告寺院は肩書地に事務所を有し、宗教団体法人曹洞宗の包括内にある宗教法人法に基く、宗教法人として昭和二十八年二月三日設立登記を経たもので「釈迦如来を本尊とし承陽大師常済大師を両祖と仰ぎ曹洞宗の教義をひろめ儀式行事を行ない信者を教化育成し、その他目的達成のための業務事業を行なう」を目的とし代表役員には住職皆川隆光が就任中である。

(二)  原告鶏足寺の沿革は、永正三年丙寅(一五〇六年=四九四年前)当時旧益子の城主紀家宗開基となり七町八反寺有地を寄進され、太平山鶏足寺天海舜政禅師の開山により設立された曹洞宗寺院で、民法施行前は施行法第二十八条の法人であり、昭和十七年宗教団体法により同法に基く法人として設立の上前法人の権利義務を承継し、昭和二十一年宗教法人令により同令に基く法人として設立し前法人の権利義務を承継し、昭和二十八年前述の如く宗教法人により同法に基く法人として設立し前法人の権利義務を承継して今日に到つた寺院であるところ、特質として開山以来立教開宗の本義に従がい、宗派上の独立を維持し、山内に寺有墓地を有し代表役員皆川隆光においてこれを管理し、原告等の檀徒たる地位を有する者に限り各所定地積を当該檀徒からの申出により遺体または焼骨の埋葬または収蔵に充てさせているものである。

第二  昭和二十三年五月三十一日法律第四十八号墓地埋葬等に関する法律第十三条には

「墓地、納骨堂又は火葬場の経営者は、埋葬埋蔵収蔵又は火葬の求めを受けたときは正当の理由がなければこれを拒んではならない」と定めてあり

(二) 右法律案の提案理由としては政府委員は立法理由を左の如く説明している。

昭和二十三年五月二十五日政府委員厚生政務次官赤松常子は「従来、墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬、火葬等に関しましては、墓地及び埋葬取締規則が、明治十七年太政官布達二五号、墓地及び埋葬取締規則に違反する者の処分方、これは明治十七年太政官布達八二号でございますが、又、埋火葬等の認可等に関する件、これは昭和二十二年厚生省令第九号でございますが、などによつて規整されてきたのでありますが、これらの規則は昭和二十二年法律第七二号日本国憲法行施の際、現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律第一条の四の規定によりまして、法律に改められたものとされたのであります。併しながら、同時にその効力は暫定的なものとして、必要な改廃の措置をとらなければならないことになつておりますので、その措置として前掲三つの規則を総合した本法律案を提出した次第でございます。」(参議院厚生委員会議事録)

(三) 又同法案中第十三条の「正当なる理由」の解釈につき制定当時の政府委員は左の如く解すべきものと説明した。

昭和二十三年五月二十七日政府委員厚生技官公衆衛生局長三木行治は参議院厚生委員会において同法案の説明をなして「第十三条正当なる理由とは、一般社会通念として認められる慣行をも含む」ことを明かにした(参議院厚生委員会議事録)

(四) 以上の如くであるから、〔イ〕同法案提案理由即ち立法措置を必要とする理由は、二つの太政官布達、一つの厚生省令を一本化するために取られた措置であつて、従来行なわれて来た仏教寺院の寺有墓地管理の内容に対し、禁止変更または制約を必要としたからではない。〔ロ〕同法第十三条の正当なる理由の解釈についても一般社会通念として認められる慣行を是認しており、若しこれに反する事実がある場合には正当拒絶理由が成立することを認めるものであるし、その規整の実体が本訴通達の内容とは正反対の内容を有し、本訴通達が取消した旧回答と同主旨であつたことを左に陳述する。

(五) 墓地埋葬等に関する法律案提案理由説明に際し、政府委員厚生政務次官赤松常子は同法律案により一本化をはかる以前の法令規整の実体を次の三者であると説示した。

(1) 「墓地及埋葬取締規則」(明治十七年十月四日太政官布達第二十五号)

(2) 「同上違背者処分の件」(明治十七年十月四日太政官達第八十二号)

警視庁府県

今般第二十五号を以て墓地及埋葬取締規則布達候に付比規則に違背するものは(違警罪)の刑を以て処分すべて比旨相達候事」

(3) 「埋火葬の認許等に関する件」(昭和二十二年四月十五日厚生直令第九号)

以上の三法令の内容により明白な事項は、寺有墓地を管理する当該寺院に対して「埋葬埋蔵の請求を受けたときこれを受諾しなければならない」ものと解されるような規整は一つも存在しないと云うことである。各法令が主として考えているところは死体または死胎を処理すべき立場に在るものに対し目的物を処理するにつき守られるべき準則を定めたものと見るべきである。

(六) 六前掲墓地及埋葬取締規則の第八条は「比規則を施行する方法細則」のことを定めている。

「墓地及埋葬取締規則細目標準」(明治十七年十一月十八日内務省達乙第四十号)

(七) 右に述べる如くであるから昭和二十三年五月に新法が制定せられるまでの従前の法的規整のなかにあつて、埋葬請求者対墓地管理者間の関係を規律した条文は

(イ) 墓地及埋葬取締規則にあつては第五条がこれに相当し墓地管理者は埋葬請求者が「区長若しくは戸長の認許証」を提出したものでなければ埋火葬の請求に応じてはならないこと。

(ロ) 墓地及埋葬取締規則施行細目標準にあつては第三条がこれに相当し、「墓地は種族宗旨を別たす其町村に本籍を有し若しくは其町村に於て死したるものは何人にても之を葬ることを得、其従前別段の習慣あるものは比限にあらす」と云う規整がおかれている。この規定中に包含される墓地管理者には公有墓地を管理する者と仏教寺院の住職、主管者がその地位に基き当該仏教寺院所有の墓地を管理する場合の二者が存在することを考えなければならない。

右規定によれば「其町村に本籍を有し若くは其町村に於て死亡したるもの」は「其町村」即ち本籍地又は死亡地の公有墓地管理人に対し正規の順序に従がい埋葬の請求をすることができる主旨を認めたものと言わねばならない。従つて公有葬地管理者は埋葬の請求者が正規証明書を提出しなかつた場合の外は埋葬拒絶権がないものと言わねばならない。当該公有墓地の収容力が皆無であつたときは事実上収容ができないことにはなるが、収容すべき義務があることに変りはない。

(八) 右施行細目標準第三条後段に「其従前別段の習慣あるものは比限にあらす」と言う規定を置いたのは同標準内務省達制定当時既に「別段の習慣あるもの」が存在したことを認め別段の習慣が行なわれる墓地の管理者は慣習違反を理由として埋葬拒絶権を認める主旨であること明白一点の疑を容れない。こゝに示めす別段の習慣と称されるものの実体は仏教寺院がその寺有墓地を当該寺院の檀徒たる者に対してのみ埋葬の用に供しており、然かも立教開宗の本義に基き各寺院開設以来厳守されていると云う事実を指すものに外ならないのである。この場合、墓地管理者の埋葬請求者に対する正当拒絶理由を検討してみると、種族相違による埋葬拒絶と云うことはあまり問題とならず、宗旨の相違による埋葬請求の拒絶と云うことのみが問題となつて残るのである。強いて議論の上だけで考えるならば当該寺院と教義の上の信仰は同一であるがその寺院の檀徒となることは肯んじない者からの埋葬請求ということも想像できる道理であるが、実際問題として信仰内容が共通であれば檀徒としての寺院外護の務の重要さについて理解するところもまた共通であるから現実には殆ど問題として考えられない所と言つて差支えない。従つて茲に宗旨相違を理由とする埋葬請求拒絶と云うことは、結局当該仏教寺院と無関係の第三者からの埋葬請求に対し、宗派の相違と云うことを以て寺有墓地の使用方の申入れを拒絶し、当該寺院の宗派上の混乱を防止する形態でこの拒絶が行なわれると云うことになるのである。それ故茲に言う別段の習慣とは宗派の異なる者を檀徒とせず、また異宗派者の埋葬請求を受け容れていないと云う消極的慣習を指してそのように言うものと解すべきである。

第三  墓地及埋葬取締規則、同施行細目標準施行の実際

(一)  なお前記施行細目標準第三条の「従前別段の習慣」あるものとして公認せらせられた事例としては、明治二十五年一月十三日旧東京市本郷区駒込真浄寺から警視庁に対する伺として「明治十七年内務省達乙第四十号第三条の墓地は種族宗旨を別たす其町村に於て死したるものは何人にても之を葬ることを得其従前別段の習慣あるものは比限りに非すと有之従来本等は檀家の外他宗派異教者等を葬らざる習慣ある墓地に付縦令該地使用者の子孫と雖習慣に適さざる他宗派並びに異教式を以て埋葬せんとするものあるときは管理者拒絶致し可然哉」として指示を求めた。

(二)  これに対し警視庁は、同年二月二日警視庁令として「墓地埋葬の件伺の通り」と云う回答を受けこの解釈は爾来四十六年前続いて来たものである。

「墓地埋葬等に関する法律」が昭和二十三年五月制定せられるまで、前述した当該仏教寺院がその寺有墓地を管理するにあたり、宗派を異にする者からの埋葬埋蔵請求に対しては墓地管理者は宗派宗旨相違に基き埋葬請求拒絶をすることができる別段の習慣が従来から存在するものとして処理されていたことは法令規整内容及実例の跡から見て自から明であると信ずる。

さればこそ同第十三条正当拒絶理由の説明につきて政府委員三木行治は「社会通念上認められる慣行」を含むものとの説明をした次第と言うべきで、施行細目標準第三条後段の文詞中別段の習慣と云う場合にのみ限定しないで、その外に妥当な拒絶理由の存する場合を考えて「正当なる理由」としたものに外ならないこと明白で、別段の習慣(社会通念上認められる慣行)を否定する趣旨の法令改定ではないのである。

第四  同法制定以後最近まで同法第十三条適用の実状。

同法制定以後厚生省は同法第十三条正当理由の意義につき従来行なわれた慣習を支持する方針を明確にした。これは行政官庁が同条の正しい法の内容であることを優越的に解明したものであるから、茲に問及解答の全文を引用して明確を期したい。

(一)  『昭和二四年六月三〇日衛公発第二、一四一号東京都衛生局長、厚生省公衆衛生局長宛』

『墓地埋葬等に関する法律第十三条について

一  仏教宗派の寺院の墓地又は納骨堂の管理者に対し異教徒である神道教派またはキリスト教その他の教団もしくは仏教宗派中の他の宗教(例えば禅宗に対する日蓮宗)に属する者から、自己の属する教派教団又は宗派の典礼を伴なわない単なる埋葬若しくは埋蔵又は収蔵の求めがあつた時管理者は墓地、埋葬等に関する法律第十三条に規定する「正当の理由があるとしてこれを拒むことができない」と解してよろしいか。

二  一のように単なる埋葬若しくは埋蔵又は収蔵の求めばかりでなく、自己の属する宗派若しくは教派若しくは教団の典礼をもつてすることを要求して来たときは、管理者は他の宗派若しくは教派又は教団の典礼に通じない、若しくは行なうべきでない等の旨をもつて「正当の理由」として埋葬者若しくは埋蔵又は収蔵を拒み得るものと解してよろしいか。

右何分の御指示を願います』

右文章に現われているとおり、その当時の東京都衛生局の担当者は眼中衛生上の考慮だけしかなく、宗教的な理解が之しく、仏教寺院がどんな運営のし方をもつてその寺有墓地を管理しているか等の点については全然考え及ぶところがなく、同条に言う正当拒絶理由と言うのは、典礼だけの必要から来るもののように独断し、異教徒または第三者であつても典礼を伴わない無典礼埋葬の請求があつたら、これを拒むことは許すべきでないとの法解釈を下してこの解釈の正当性につき厚生省の指示を求めたものである。同法第十三条の正当拒絶権の内容については、同法制定後仏教寺院に対し、これを反目する団体から当局に対し、早やくも典礼を回避しさえすれば、墓地を管理する寺院側に何等の不都合も、また迷惑も、或は損害も被らせないのだから、第三者または異教徒からの埋葬または埋蔵の要求があつたら、これを受忍させるのが同法第十三条の法意だと云う独善的な見解の押し付けが当局を動かしていた事情が推察される。この東京都衛生局の問意自体には、公有墓地を管理する者と、寺有墓地を当該寺院の檀徒に対する関係において管理する者との区別をしていない点に問意自体誤りがあるばかりでなく、典礼と云うキリスト教の用語を用い来つて仏教寺院の寺有墓地に対する礼式を規律しようと計画しているところに誤りがある。仏教寺院における埋葬または埋蔵を荘厳にし鄭重にするのは決して表面の装飾的行事ではない。原告寺院にあつても開山以来連綿持続する血脈を授与し、師弟関係を明確にし光明真言破地獄曼荼羅を授与するものである。

医学的にいえば死体は大なる汚物で、焼骨は単なる無機物冷灰であるかも知れないが、故人の霊界における立場をとくに大切に考えるのが仏教寺院の共通不変の態度である。

(二)  これに対する回答は次の如くである。

『昭和二十四年八月二十二日衛環発第八十八号厚生省公衆衛生局環境衛生課東京都衛生局長宛』

『墓地埋葬等に関する法律第十三条についての回答』

『六月三十日衛公発第二一四一号照会の右のことについては左記のとおり承知せられたい。

一  その墓地又は、納骨堂において従来から異教徒の埋収蔵を取扱つていない場合でその仏教宗派の宗教的感情を著るしく害うおそれがある場合には法律第十三条の「正当な理由」があるとして拒んでも差支えない。

二  前項の解釈と同様である。

三  但し総ての墓地、総ての納骨堂に対して前二項の解釈を画一的に当てはめることは妥当でなく、例えば従来異教徒についても取扱つていた場合には今後正当な理由があるとして拒むことはできないと思科せられる。

要するに宗教上の感情を重んじた従来からの慣習を著しく無視するようなことは適当でない』

右厚生省の回答も問意に制約されたためか、公有墓地共有墓地を管理する場合と、寺院墓地を当該寺院檀徒のため管理する場合との、区別を明確にしていない恨はあるが、回答の趣旨は東京都側の解釈を否定したもので「要するに宗教上の感情を重んじた従来からの慣習を著しく無視するようなことは適当でない』としたのである。とくに付言して明確にしたいのは右正当理由の根拠は単なる感情問題でなく宗派の独立を維持している仏教寺院の立教開宗の根本方針であるということである。

第五  本訴の対象とする行政処分の性質を有する厚生省の通達の内容

(1)  昭和三十五年三月八日厚生省公衆衛生局環境衛生部長より各都道府県指定都市衛生主管部(局)長あて衛環発第八号の通達を以て

「墓地、埋葬等に関する法律第十三条の解釈について」

「最近、宗教団体の経営する墓地について、その墓地の管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し、請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むという事例が各地に生じているが、この問題が国民の宗教的感情に密接な関連を有するものであるとともに、公衆衛生の見地から好ましからざる事態の生ずることも予想されることにかんがみ、これについての墓地、埋葬等に関する法律第十三条の解釈をこの際明確ならしめるため、先般別紙(一)により内閣法制局に対し照会を発したところこのたび別紙(二)のとおり回答があつた。従つて今後はこの回答の趣旨に沿つて、解釈運用することとしたので、貴都道府県(指定都市)においても遺憾のないよう処理されたい。なお、これに伴ない墓地、埋葬等に関する法律第十三条について(昭和二四年八月二二日衛環発第八八号東京都衛生局長あて厚生省環境衛生課長回答)は廃止する」ものとした。

(2)  右通達の別紙(一)は昭和三四年十二月二四日厚生省公衆衛生局長尾村偉久から内閣法制局第一部長山内一夫宛墓地埋葬等に関する法律第十三条の解釈につき疑義ありとして意見を求めたもので全文は左の如くである。

「墓地、埋葬等に関する法律(昭和二十三年法律第四十八号)第十三条においては、墓地、納骨堂又は火葬場の管理者は、埋葬、埋蔵、収蔵又は火葬の求めを受けたとき正当の理由がなければ、これを拒んではならない旨規定されているが、最近にたり宗教団体の経営する墓地の管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し、請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むという事例が各地に生じている。この場合、当該管理者の行なつた埋葬又は埋蔵の請求に対する拒否は、正当の理由に基くものと解してさしつかえないか。また、埋葬又は埋蔵の請求者が、当該墓地の区域内に、先祖伝来の墳墓を有しているときと、これを有しないときとでは、その解釈上相違があるか」

(3)  右通達の別紙(二)の回答は昭和三五年二月十五日法制局一発第一号法制局第一部長から厚生省公衆衛生局長宛になされた回答で即ち次の如くである。

「墓地、埋葬等に関する法律(昭和二十三年法律第四十八号、以下単に「法」という。)第十三条は「墓地、納骨堂又は火葬場の管理者は、埋葬埋蔵、収蔵又は火葬の求めを受けたときは、正当の理由がなければ拒んではならない」旨を規定するとともに、本条の規定に違反した者は、法第二十一条第一号の規定により刑に処するものとされている。墓地、納骨堂又は火葬場の管理者に対してこのような制限が課されているのは、管理者がこのような求めをみだりに拒否することが許されるとすれば、埋葬(法第二条第一項)、埋蔵、収蔵又は火葬(法第二条第二項)の施行が困難におちいる結果、死体の処理について遺族その他の関係者の死者に対する感情を著しくそこなうとともに、公衆衛生上の支障をきたし、ひいては公共の福祉に反する事態を招くおそれのあることにかんがみ(法第一条参照)、このような事態の発生を未然に防止しようとする趣旨に基づくものであろう。このような立法趣旨に照らせば、お示しのように宗教団体がその経営者である場合に、その経営する墓地に他の宗教団体の信者が埋葬又は埋蔵を求めたときに、依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは「正当の理由」によるものとはとうてい認められないであろう。

ただ、こゝで注意しなければならないのは、こゝにいう埋葬又は埋蔵とは、その語義に徴しても明らかなように(法第二条第一項参照)、死体又は焼骨を土中に埋める行為――この行為が社会の常識上要求される程度の丁重さをもつてなされることは、当然であるが――を指す趣旨であつて、埋葬又は埋蔵の施行に際し行なはれることの多い宗派的典礼をもここにいう埋葬又は埋蔵の観念に含まれるものと解すべきではない。すなわち、法第十三条は、あくまでも埋葬又は埋蔵行為自体について依頼者の求めを一般に拒んではならない旨を規定したにとゞまり、埋葬又は埋蔵の施行に関する典礼の方式についてまでも、依頼者の一方的な要求に応ずべき旨を定めたものと解すべきではない。いゝかえれば、このような典礼の方式は、本条の直接関知しないところであつて、もつぱら当該土地について権原を有する者としての資格における墓地の経営者と依頼者との間に同意によつて決定すべきことがらである。したがつて、宗教団体が墓地を経営する場合に、当該宗教団体がその経営者である墓地の管理者が埋葬又は埋蔵の方式について当該宗派の典礼によるべき旨を定めることはもちろん許されようから、他の宗教団体の信者たる依頼者が自己の属する宗派の典礼によるべきことを固執しても、こういう場合の墓地の管理者は、典礼方式に関する限り、依頼者の要求に応ずる義務はないといわなければならない。そして、両者が典礼方式に関する自己の主張を譲らない場合には、結局依頼者としては、いつたん行なつた埋葬又は埋蔵の求めを撤回することを余儀なくされようが、このような事態は、さきに述べたように法第十三条とは別段のかかわりがないとみるべきである。」

第六  前項通達の性質及び違法とする理由

(一)  前項通達は、墓地埋葬等に関する法律制定の際における政府委員の提案理由説明の公約である「一般社会通念として認められる慣行の尊重」ということを無視したものである。

法律制定の際における、政府委員の提案理由の説明は、勿論成文法の一部の如く明確に付加された文言とは異るけれども、当該法条の文詞の意味を理解するにあたり、ことさら詳細緻密な言辞を羅列しなくても、現実に提出された法律案における法案の文詞の表現の程度で、政府委員が説明するような結論が、解釈上導き出されるという主旨であり、その考え方を理解して議会が同意したのである。

従つて当該法律案が法律として制定公布された後においても、成文法だけが自由に独走して、法律案制定当時の提案理由と反対の意味をも包含するものであるかの如く拡張解釈することは法文解釈の根本を誤つたものである。

右の法律解釈の態度は、法条に対する勿論解釈として、当然その結論に到達しなければならぬものであるから、若し行政上これと異なつた制度の出現の必要を感じた場合には、別段の立法措置を待つてその必要を充たすべきであり、単に行政庁の一部局課長の独断をもつて、任意に変更し、然かも罰則を伴なつている強行方を各都道府県指定都市に命じ、対象たる仏教寺院に潰滅的損害を与えたのは違法の通達であると信ずる。

(二)  宗教法人法上の宗教法人であつて、寺有墓地を管理している仏教寺院は、当該寺院の教義を信仰する檀徒及び信徒を宗教団体の構成員として法人が成立しているのである。各仏教寺院は原則として国家から何等の特権をも与えられていないことは憲法第二十条第一項の明示しているところであつて、仏教寺院は団体構成員である檀徒信徒の経済的護持によつてのみ運営されているのが通例で原告寺院もまたこれと同様である。その結果として各仏教寺院が寺有墓地の運営については当然信仰内容を同じくする檀徒信徒のみを対象とし、檀徒信徒よりの遺体または焼骨の埋葬、埋蔵に限り寺有墓地を用いて安眼永住の域に供ずるものである。

右の如き状態が原告寺院においては天正三年祐賢上人御開山以来持続して来た伝統であつて、一般社会通念上認められてきた慣行であるにも拘らず、今や本訴の目的たる通達の押付けにより信仰内容を異にする上、原告寺院の団体構成員でない者からの埋葬埋蔵要求をも忍受しなけれならぬことを命じ、もし拒否すれば同法第二十一条第一項第一号の適用をもつて強制するものであるから極めて違法なる行政処分である。

(三)  本訴の対象たる通達は厚生省公衆衛生局環境衛生部長から各都道府県指定都市衛生主管部(局)長に対してなされたもので、直接原告寺院に対する行政処分ではないかの如く見えるのであるが、右通達の実体は単なる通達に止まらず「今後はこの回答の趣旨に沿つて解釈運用することとしたので貴都道府県(指定都市)においても遺憾のないよう処理されたい」と従来厚生省が是認して来た同法第十三条の正当理由に関する回答を廃止したので、右通達の相手方たる都道府県指定都市は直ちに此通達の内容に従つて各仏教寺院の寺院運営方針の変更を迫り、またその罰則の適用についても各警察署に取締り摘発方を通知している状態であり、原告寺院も右通達のため古来の寺院運営方針の変更を、罰則を以て強行される結果となつているものであるから本訴厚生省の通達は行政処分としての性質を有し行政事件訴訟特例法第一条に該当するものと信ずる。

(四)  被告の為したる本訴係争通達は、これを受けた都道府県指定都市衛生主管部(局)長の側において、ただ参考に聞いておくに止まらずその通達が示めす法令解釈指定に従がうことを求めているものである。言い換えれば本訴係争通達の意味する法令解釈方の指定は自由裁量の余地を与えているものではなくその主旨を現実に発動せしめるものであるから、被告の意思表示が都道府県指定都市衛生主管部(局)長に到達せられると同時に直ちに効果を発生する性質を有していると考えなければならない。その効果として寺有墓地を経営する寺院は直ちにその私有財産権を侵害せられる結果を生じ、当該寺有墓地の管理者は罪刑法定主義の根本理念に反したる刑罰法令の規範の過重変更の下に身をさらす結果に陥つているもので、原告が本件通達を違法な行政処分として行政事件訴訟特例法第一条に該当するものとする理由は茲に在るのである。

(五)  仏教寺院が有する墓地所有権は当該寺院の私有財産である。憲法第二十九条第一項には「財産権はこれを侵かしてはならない」と定めているから、寺有墓地所有権に対しては明確な立法措置を以て正当な権利内容を規定すること以外には濫りに侵害することは許されないものであるにも拘らず、本訴係争通達は一方的に天降り的な法令解釈方の押付けを以て寺有墓地管理者に対し刑罰を以つてその意思に反して埋葬受諾を強制し墓地所有権を侵害しつつあるものである。

(六)  憲法第二十九条第三項には「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」とあるが、仏教寺院は寺有墓地を経営するについて未だ何等の正当補償を与えられた事実がない。従つて何等の立法措置も伴わず、財政的補償も講じられていないのに直ちに公共の用途に供せしめようとするのは憲法第二十九条第三項の規定に反している。

この点につき法制局第一部長山内一夫は『依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由として、この求めを拒むことは正当の理由とは認められないであろう』とし『公衆衛生上の支障をきたしひいては公共の福祉に反する』と言うが、これは私有財産権を公用に供せしめることによつて生すべき損害に対し、正当の補償を与えねばならことを忘れ、私有財産権の適正な補償の限界を侵かすものである。

(七)  元来一般の場合に、遺体または焼骨に対する遺族その他の関係者のため、適正な埋葬埋蔵の場所を準備する義務は本来国家行政権の範囲に属すべきものであるから、都道府県指定都市がその行政上の責任者として公有墓地を設けて、国民の要望に応ずべきものである。然るに行政庁が怠慢でその方途を構じようともしないで、直ちに一般寺院の寺有墓地に解決の責任を転嫁して「公共の福祉」呼ばわりをするのは見当違と言うもので憲法第二十九条の許さざる所と考える。

仏教寺院も多数檀徒のため埋葬埋蔵を取扱つているが、その取扱うところの対象は一般公衆ではなく、宗教法人たる当該寺院の団体構成員たる檀徒に限られているものである。多数檀徒に対する関係において墓地が運営されるからその意味において公共性が考えられること言うを持たないが、その公共的性格はあくまでも限定的相対的であつて、公有墓地の如く対社会的開放的絶対的なものではない。法制局の見解はこの点において誤りがあると信ずる。

(八)  本件係争通達は当該寺院の寺有墓地に関する限り当該寺院の檀徒の信教自由権を侵害するものである。

国民がその信奉する宗教的教義によつて、祖先から伝承して、宗教団体たる仏教寺院に対する帰依に依り檀徒となつて宗教団体の構成員となりて法人格形成に参加し、当該寺院の運営を扶け外護の務を尽くし、現世の生存を終りたる後は、古来相承せる同宗同派同門の仏弟子たち相寄り相集つて永眼するため、当該寺院の墓地積内に安楽永眼の場を求めることは、檀徒たる国民自身の信教自由権の根本的な内容であつて、かくの如き要望は健全な国民の大部分が平素抱懐する基本的な念願である。この場合に若し本訴係争通達によつて、国民たる檀徒が生存を終りて後、信仰内容を異にする檀徒関係存在せざる第三者と雑然混沌と入り混じりて埋葬埋蔵せられ、無限の永世の後までもそのままで固定かつ放置せられるが如きは死後における平静安楽の期待を踏みにじるもので憲法第二十条の規定する信教自由権に対する侵害となるものと信ずる。

(九)  新通達における法令解釈方指定処分により寺有墓地経営の仏教寺院に対しては全国にわたり異宗派人からの埋葬埋蔵請求が横行実現せられつつある有様である。この損害と混乱は原状回復不能と言つて差支えないと考えるほどの不可能さを伴なうものである。寺有墓地管理者の埋葬埋蔵請求未承認のまま、或は係争通達に妨げられて正当拒絶権行使不能のまゝ、遺体または焼骨が埋葬埋蔵せられた暁には、かりに法律上救済を求めたとしても時間が経過してしまえば埋葬埋蔵された目的物の変化により原状回復と言うことは不可能に等しいほど困難であつて開山以来守もられて来た宗派的清浄並整頓は再び期待することができなくなるものである。仮りに物理的には或る程度の可能性があつたとしても、現世の人の紛争の為めに一度埋葬された故人の遺体焼骨を掘り出すことは宗教的に好ましいことではないと云う宗教的な取扱方が考えられるので一層これを困難とするのである。

(一〇)  罪刑法定主義を堅持する建前から法治国においては、何が犯罪であるかということ、どんな刑罰を科せられるかということ及びこれを有罪とする手続について各法律の定めがあることを要する。然るに新法第十三条は「正当拒絶権」の存在を認めその拒絶権の行使は違法性を阻却するものと認めている。併して新法制定以前までは施行細目標準第三条に依り「従前別段の習慣」がある場合に限り埋葬請求受諾義務の範囲から除き例外的な取扱をなし明治十七年太政官達第八十二号に対する違法阻却の事由と認めていたのである。

新法第十三条はこの法的規整の後を受けて「正当の理由がなければ」と言う用語を規定じたものであるから「従前別段の習慣が在つたという場合の外、なお「その他にも正当に拒絶権を行使することのできる場合」を予想し、旧規整の文詞よりも遙るかに広範囲の字句を選定採用したものであるから、政府委員三木行治の説明を待たなくとも、新法謂うところの正当の理由の観念は従前の別段の習慣による拒絶権の行使を否定する主旨ではないと云うことは同法律制定の経過から見ても疑いがない。況んや三木政府委員は正当の理由中には社会通念上認められる慣行を包含することを参議院厚生委員会々議に釈明して議会の承認を得たものであるから解釈上疑の余地がない。その上法律公布の後昭和二十四年以来本訴係争通達まで十一年間「別段の習慣」は依然として厳守され寺有墓地の管理者は宗派を異にする者からの埋葬請求に対し正当拒絶権が存在することについては朝野寺俗とも疑のない所として違法阻却の事由となることが是認されてきたものである。然るに突如として天降り的にかつ一方的に本件係争通達が行なわれて、従来明白に適法行為と認めてきたものの性格を変更して適法性を否定し違法行為たる性格を与えようとしたものであるから罪刑法定主義の根本理念に反するものと言うべきである。更に刑罰法令はその性格上法文解釈は厳格に検討されなければならないものとせられ類推解釈拡張解釈は許さないものとなつている。前来数言するように新法第十三条に言う「正当の理由」の観念は旧規整法令の謂う「別段の習慣」即ち三木政府委員の言う「社会通念上認められる慣行」にプラスその外の正当拒絶理由ある場合の各場合を包含した意義を有するものであつたのである。年月の上から見ても同法制定後十一年間朝野寺俗の間に是認されてきたところである。然るに別段の立法措置によることをしないで、行政庁の一存のみを以て今まで正当性を肯定した行為、適法性を認定した行為を爾今不法性を有する行為とし違法性を認むべき行為と変更する法令解釈方を指定したことは、法令の字句を不当に拡張解釈して新に可罰行為を認めるものであるからこれまた罪刑法定主義の根本理念に反する違法な行政処分である。

(一一)  本訴通達の性質は、一般統治権に基き、行政官庁が人民に対し、受認の義務を命じているのが本来の実体である。学者の謂わゆる行政官庁になした指示(田中二郎氏行政法総論三〇二頁以下)に該当するものであつて、「自から墓地所有権を有して、自からこれを管理する仏教寺院」に対して、第三者からの埋葬埋蔵の申出がある場合には、当該第三者に正当権限が在ろうと無かろうと、また檀徒関係を解消離脱して、宗教的には当該寺院の壊滅を叫んで対立反目する者であつても、すべて「当該請求を受けた寺院」は、当該第三者の請求を受認すべき義務を命ずる命令を指示しているものである。

(一二)  この指示は厚生省公衆衛生局環境衛生課と云う行政機関から、全国都道府県指定都市衛生主管部局長と云う行政機関に対し所掌事務である法第十三条の正当拒絶権行使制圧に関する方針並に取扱方を示めして、これにより、仏教各寺院に対し、その寺有墓地を管理する上において、新らしい制圧方針を実施させることを命ずる場合であるから、たとえ通達そのものが原告寺院その他個々の寺院毎に対しなされた通知でなかつたとしても、都道府県指定都市衛生主管部局長はもとより各警察署も一応新通達を優越的に法そのものであるとして従わねばならないから仏教寺院は正当拒絶権の行使については、行政上なに等の保護を受けられない立場に逢著しているものである。被告が漫然と考えているように、行政官庁相互間における内部的な意思の通達まで、民間には直接影響しないなどと云うなまやさしい事態ではない。事態は悲しいかな緊急にして然かも切迫しており、仏教寺院は爾来無典礼埋葬行為の攻撃多発のため、宗派の独立は漸やく混乱に陥りつつある、これひとえに厚生省の思慮浅き新通達によつて惹起されている救うべからざる損害である。

(一三)  本訴通達が存する以上、その本質が違法の行政行為であつても、権限ある国家機関がこれを取消すまでは、一応適法なものとの推定を受けなければならない。従つて都道府県指定都市衛生主管部局長は言うまでもなく、一般警察官署もその法解釈を否定することができない。仏教寺院は民間の宗教法人であつて法治国民の遵法精神尊重の立場から言つても此法解釈を受認しなければならない。それは行政行為の拘束力とは別に考えられる。謂わゆる拘束力のあることの承認を強要する公定力を有するからである。

さらに強調したいことは、埋葬または埋蔵要求がなされた際に警察署或は衛生主管部局長が新通達に示めされた法解釈を支持した場合、仏教寺院が事態滋に到らなければ行政訴訟の提起が許されないというような迂遠な考えを採用していたら、実力による無典礼埋葬、埋蔵はその仕事を終つてしまうであろうから、仏教寺院は行政事件訴訟特例法の恩恵を受けて権利保護を求めるような機会を失なう惟れがある。

(一四)  行政行為とは法律のもとにおいて、法律に従がい、行政機関が或る特定事項について、何が法であるかを定めるための優越的な意思発動である。

(イ)  行政行為は法の下に法の具体化又は執行として行なわれる行為であるが、同法第十三条の正当拒絶権の事実内容につきそのある事実に対し正当性を認めたりまたその正当性を変更して否定したりすることは、本来純粋の法律問題で行政官庁の自由裁量、便宜裁量によつて決せられるべきものではない。自由裁量に属する限り司法裁判所はこれを審理することができないが、同法第十三条の文詞自体を検討しても、解釈上の疑義に対し行政庁の自由な判断に一任するという趣旨は些かもない。また法文の解釈上の疑義につき、行政庁の裁量が、法の解釈適用に関する法律判断となるものと解せらるべき法の準則は存在しないから謂わゆる行政庁の覊束裁量行為とは考えられない。

(ロ)  法律行為的行政行為は、特定の相手方に対し権利義務の得喪変更を生ずる場合を言うのであるから「本訴通達のごときは行政機関相互間の内部の通達に止まるもので一般的抽象的の行為たるに過ぎない」と考えられるか否かを検討することにする。

一般的抽象的な行為であつても機関相互間にわける内部的な決定であつても、それが優越的な意思発動として為されるときは行政処分と言い得るものである。本訴通達は新らしい解釈の内容を優越的意思発動として拘束し公定し、従来是認せられた正当拒絶権成立の事実内容を優越的意思発動として廃止したものであるから行政処分たること疑ない。

(ハ)  この点から考えても本訴係争通達が抽象的であり一般的であると言うことは許されない、厚生省昭和二四年八月二二日衛環発第八八号東京都衛生局長あて厚生省環境衛生課長回答を将来に向つて廃止したものであるから此の点においては明白に具体的であつて抽象的であると云うことは許されない。

また本訴通達が引用している昭和三四年十二月二四日厚生省公衆衛生局長尾村偉久より内閣法制局に対し意見を求めている文詞には、「最近にいたり宗教団体の経営する墓地の管理者が埋葬又は埋蔵の請求に対し」と云つているが、従来は宗派の独立が保護され、埋葬埋蔵請求も相互理解の上に立つて紛争なく処理されていたものが、近年に到り創価学会の旧仏教寺院に対する闘争手段として請求者側から俄然問題を起しているもので、墓地管理者側が近年態度を改変して埋葬埋蔵請求を拒絶するに到つたものではない。事案の本質を確保して右伺及回答並に本訴通達との理論的結合を審査すれば、本訴通達は寺有墓地を管理する仏教寺院に目標を置いて然る後考案し検討し為されたる行政処分であるから対策は特定しており決して一般であると考えるべきものではない。即ち寺有墓地管理仏教寺院に対し不当な埋葬埋蔵請求を受認すべきことを命じたる指示であつて原告寺院もその拘束力公定力の下におかれているものである。

(ニ)  墓地埋葬等に関する法律は明治十七年太政官布達第二十五号墓地及埋葬取締規則その他の法令を一括して規整されたものである。取締と云うことは執行力を付与したことである。取締云々と云うことは執行を命じていることで、行政強制の効力を伴なつているものである。

本件は行政機関相互の間における内部の通達で原告に関係がないように錯覚を生する惧れがあるけれども、行政強制の効力が伴なつている以上原告は従来不当として拒絶することが認められた第三者の埋葬埋蔵請求に対し一応は受認を強制されているのである。決して原告が意思決定の自由を保障されて自由な判断のもとに右請求に対し許否の態度を決する途が与えられているものでなく、すべて新通達に服し不当請求受認を余儀なくされているのである。

(ホ)  若し原告が第三者からの不当埋葬埋蔵請求に対して断乎これに応じなかつた場合には、原告の拒絶は、必らずや一応同法第十三条違反として起訴せらるゝに到る場合が予想できるのである。この場合もとより刑事公判廷において裁判所の判断を受ける権利が残されていることは、憲法刑事訴訟法の定めるところであるけれども、行政機関関係内部の意思表示で外部にはなに等影響が生じないとか、執行機関の処分が起つてから出訴すべきものであるなどと云う間違つた議論は許されない。刑事訴追の如きは此場合の執行機関の処分であろうが刑事の訴追に対し法解釈の見解の相違を理由に行政訴訟を提起することなどは許されない。

第七  原告寺院の通達を知りたる時期及び被りたる損害

(一)  原告寺院代表役員が右通達を知りたる時期は昭和三十五年三月十九日東京都下に刊行された新聞の報道によつて知つたものである。

(二)  原告寺院の被りたる損害は前記第五の(2)(3)の如く一般社会通念として認められている慣行に反する寺院運営方を強制され宗派の独立を混乱破壊されようとすることにあり、もしこれを防止して応じないときは罰則の適用を以つて強制され若し当該住職に対し有罪の判決が在つたときは執行猶予の有無に拘らず住職の聖位を退任しなければならぬこととなるので損害を被る危険多大である。

(三)  原告等においては昭和三十五年八月二十一日檀徒高根沢初太郎氏が失業対策事業にて働らくうち路上で変死したので組の者が葬式の世話をし面倒を見ているうち東京に居る娘婿某が創価学会員である由にて会員仲間と共に来り代表役員不在中寺族の者を威圧して強引に埋葬を強行して去つたのであるが、寺族の者から警察署に対し認許証も不出であり且つ原告寺の承認がないのに埋葬せんとする行為を止めるよう保護を求めた所警察署としては厚生省の新通達がある以上止めることができないとて保護を求めることができなかつた。

右は本件通達により派生した具体的一例である。

以上の如き理由により本訴を提起する。

別紙書面(一)(別件昭和三五年(行)第五九号事件と同じにつき省略)

〔答 弁 書〕

別紙書面(二)(いずれも前記別件と同じにつき省略)

理由

(前記別件と同旨につき省略)

東京地方裁判所民事第三部

裁判長裁判官 石 田 哲 一

裁判官 山 本 和 敏

裁判官下門祥人は転補のため署名捺印できない

裁判長裁判官 石 田 哲 一

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